野澤井

 崇徳上皇が崩御されたことは、直ちに都に伝えられました。この時、八月(真夏)の暑い時期であり、都からの指示を待つ間(およそ二十日間)、八十八の霊水につけ御遺体の腐損を防いだと伝えられています。

 この霊泉は、景行天皇の御代の『悪魚退治伝説』に登場する霊泉で、1000年以上経つ今でも枯れることなくたんたんと湧き流れています。野澤井と言うのはこの場所の古い呼び名で、八十八、八十蘇、八十場、弥蘇場、等様々な当て字が使われています。※ヤソバと読む。


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