崇徳上皇崩御ののち、使用された碗などを埋めて供養したところと伝えられています。一見分かりづらい場所にありますが、看板が出ています。
(※田畑の中にありますので、荒らさない様お願いいたします。)
※地図が開けない方はこちらからどうぞ。