白峯御陵

 長寛ニ年(1164年)に鼓岡で崩御された崇徳上皇は、白峯山 稚児ヶ嶽の頂上で荼毘に付され御陵が築かれました。江戸時代には荒廃を重ねましたが、歴代藩主の手厚い庇護を受け次第に修復されました。ご仏殿は頓証寺殿で陵脇に営まれています。


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《あれこれ話》

崇徳上皇没後3年、西行法師が参詣され、御陵の前で「よしや君昔の玉の床とても、かからんのちは何にかはせん」と詠まれています。「雨月物語」には、西行法師の前に崇徳上皇の怨霊が現われ、どうにか怨霊を静めようとした様子が描かれています。