雲井御所

 崇徳上皇の御所を、国司庁の近傍に建てることになりました。御所が完成するまでの間、国司庁長官 綾高遠の館を仮の御所とし、約3年間ご滞在されました。

 都での生活と異なり草深い田舎住まい。上皇は都を懐かしがられ「ここもまた あらぬ雲井と なりにけり 空行く月の 影にまかせて」と詠まれました。雲井御所と言うのは、この歌にちなんだものです。

 その後、戦乱で荒れていましたが、高松藩の松平家が整地しこの碑を建てました。


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《あれこれ話》

崇徳上皇は南国にあこがれを持っていたので、ソテツ(写真)が植えられました。さて写真を見て何かを感じませんか?…少し形が変わっていると思いませんか?

地元の方から:昔はもっと凄い形であったそうです。最近はまっすぐになって来て「上皇の念もだいぶ鎮まってきたのだろう」と言うお話を聞けました。