内裏泉から少し北に歩くと石を積んだ塚があります。ここは崇徳上皇と綾の局との間に生まれた皇子(顕末)の墓と言われています。また、綾の局の墓もすぐ横にあります。
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菊塚の石積は、里人が綾川から石を拾って来て一つ一つ積みました。現在、石積は1m程見えていますが、地上からだとナント3m程の高さになります。これを石数にすると膨大な数になります。このことから皆が崇徳上皇を慕っていたと言うことがわかります。